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地方のある製造業の会社に、5年間勤務したベトナム人技能実習生がいました。
仕事は力仕事が多く決して楽ではありませんでしたが、彼は愚痴もこぼさず、寮生活にもすぐに適応し、真面目に働き続けました。上司や同僚からの信頼も厚く、退職する際には「また戻ってきてほしい」と誰もが口をそろえるほどの人材でした。
そして数年後、その願いが叶う瞬間が訪れます。
彼が「特定技能」の在留資格を取得し、再び日本で働けることになったのです。社長は大喜びで受け入れ準備を整え、住居も制服も用意し、初出勤の日を心待ちにしました。
ところが、入社当日。
彼は会社にやって来るなり、開口一番こう言ったのです。
「社長、すみません。今日で辞めます」
社長は耳を疑いました。
「えっ? まだ仕事も始めていないのに、なぜ?」
すると彼は静かに答えました。
「昔は転職できなかったから、我慢して働いていただけです。でも、今は特定技能なので転職も自由です。正直、給料も安くて大変な仕事を続けるつもりはありません」
その言葉に、社長は絶句しました。
「今までの信頼は何だったのか?」
「なぜ最初から断らなかったのか?」
用意してきた住居や制服は無駄となり、費用も時間も、そして何より築いたと思っていた“信頼”が一瞬で崩れ去ったのです。
制度の変化がもたらすズレ
技能実習制度では転職が原則禁止。だからこそ多少の不満があっても我慢して働くしかありませんでした。
しかし、特定技能制度では転職が比較的自由です。働く側にとっては“ようやく手に入れた自由”であり、これまで押し殺してきた不満が一気に表面化するきっかけにもなります。
一方、企業側は「昔よく働いてくれたから、今回も大丈夫だろう」と安易に考えがちです。けれど、制度が変われば人の行動も変わる──その現実を見落とすと、今回のようなすれ違いが起きてしまいます。
教訓:制度が変われば関係も変わる
この出来事が示すのは、どんなに「昔いい人材だった」としても、制度が変われば別人として接する必要があるということです。
- 技能実習生時代に抱えていた不満を丁寧に確認する
- 特定技能になった今の条件で「選ばれる会社」かどうかを点検する
- 初出勤前に面談や意思確認を行い、「来ただけで辞める」リスクを防ぐ
信頼や思い出だけでは人は動きません。制度が変わった今、企業は“選ばれる側”としての準備を求められているのです。
まとめ
「昔はあんなに頑張ってくれたのに、なぜ…」
そう思う経営者の気持ちはよく分かります。
けれど働く側にとっては──
「昔は仕方なく頑張った。でも今は選べる」
そういう時代に変わったのです。
大切なのは、“自由を得た彼ら”から再び選ばれる会社になること。
信頼だけに頼るのではなく、今の制度と価値観に合わせた関係づくりが求められています。
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『ベトナムビジネスで失敗した日本人たち: 文化の違いが招いた10の実話と教訓』
からのエピソードをもとに再構成しました。
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