エッセイ・感想

「お国に帰れ」と叫ぶ社会——対話が失われた日本の現実

言葉が軽くなり、怒りが日常になった時代

SNSを開けば、どこかで誰かが誰かに怒っている。
政治、経済、教育──そして「外国人」。

特にX(旧Twitter)では、
外国人が社会や政治について少しでも意見を述べると、
必ずのように現れる言葉がある。

「お国に帰れ」。

その一言は短く、単純で、そして強い。
だが、その強さの裏にあるのは論理ではなく、恐れだ。
異なる視点に出会った時、考える代わりに黙らせようとする反射。
それが、いまの日本の“言論空間”の現実を物語っている。


1.「お国に帰れ」という言葉に込められたもの

この言葉は、単なる排外主義の表現ではない。
それは、議論に負けた者の最終手段である。

反論できない人ほど、論点を相手の存在そのものにすり替える。
「あなたの意見は間違っている」ではなく、
「あなたはこの国の人間ではない」。
こうして、対話は終わり、沈黙だけが残る。


2.なぜ「議論」ではなく「排除」になるのか

日本社会の一部では、いまだに「対話よりも序列」が重んじられる。
年齢、立場、そして“内か外か”。
このヒエラルキーの中では、
異質な意見は“議論の対象”ではなく、“秩序の脅威”とみなされる。

だからこそ、理屈で向き合う代わりに、
「外の人」として排除する方が楽なのだ。
「お国に帰れ」という言葉は、
実は“日本を守る”ためではなく、
自分の安心領域を守るための呪文である。


3.SNSが作り出す「排除の快感」

SNSは、怒りと対立を拡散させる装置だ。
理性的な議論よりも、感情的な反応が優先される。
その結果、「お国に帰れ」は
一種の“拍手をもらえるセリフ”になった。

内容が空でも、
それを言えば“仲間”から「いいね」が返ってくる。
アルゴリズムが与えるのは「思考」ではなく、「承認」。
こうして、“無知が称賛され、理性が嘲笑される”空間ができあがる。


4.失われた「叱る大人」と、成熟しない言論文化

もう一つの問題は、「叱る大人」がいなくなったことだ。
かつては、他人を差別する発言をすれば、
周囲の大人が注意し、恥を教えた。

しかし今では、
大人自身がネットで幼稚な罵倒を繰り返している。
彼らは子どもに“常識”を教えるどころか、
“憎悪の使い方”を教えてしまっている。

教育の問題ではない。
承認欲求の暴走が世代を超えて伝染しているのだ。


5.「帰れ」と叫ぶ前に、向き合うべきもの

「お国に帰れ」と言う人々は、
実は“国を守る”のではなく、
“自分の不安”を守っている。

異なる意見を聞く勇気がなく、
自分が間違っている可能性を認めたくない。
だから相手を追い出す。
それが、最も簡単な「勝利」の形だからだ。

しかし、その勝利は虚しい。
なぜなら、相手を黙らせても現実は変わらないから。
議論を止めれば、社会は止まる。
そして止まった社会では、
「理性」よりも「声の大きさ」が力を持つようになる。


6.結論:帰るべきなのは“理性”の方だ

「お国に帰れ」と叫ぶ人たちへ。
外国人を帰らせる前に、
まず“理性”と“思考”をこの国に呼び戻してほしい。

対話のない社会は、
やがて自国の問題すら語れなくなる。

他人を追い出すことで安心を得る国は、
いつか自分自身をも追い出すことになるのだ。😶

日本停滞の理由②:失敗を恐れる文化前のページ

新刊のお知らせ『私の日本観とその変化』—理想の日本と、現実の日本のあいだで次のページ

ピックアップ記事

  1. ベトナム語通訳採用時の注意

  2. ベトナム語はそんなに甘くない──AIでもつまずく理由

  3. 日本を蝕む「極論」の生体という本を読んでみました

  4. 『理解して笑うベトナム人技能実習生の世界』──異文化の中で生まれる笑いと学び

  5. ベトナム人が急に退職する理由について

関連記事

  1. 日本軍

    ベトナム

    日本とベトナム 1940–1945年の歴史:それは「解放」ではない

    第二次世界大戦が拡大し、アジア太平洋地域全体が戦火に巻き込ま…

  2. 日本兵

    文化・歴史

    「日本がなかったら、ベトナムは今も米国の植民地」論を検証する

    よく「日本はアジアを解放した」と主張する日本人を見か…

  3. 感想

    「国に帰れ」と言う前に:異なる意見を受け入れる力

    「国に帰れ」「自国にお帰りなさい」といった言葉を、外国人が意見を述べ…

  4. ベトナム

    「引っ越しを手伝ったのに、お礼がない!」──感謝の伝え方、こんなに違う?

    ハイさんはベトナム人で、日本で十年以上にわたり組合の通訳とし…

  5. 呪文ワード辞典

    文化・歴史

    『日本社会の呪文ワード辞典 Vol.1:日常編』──日常に潜む「呪文」の正体を解き明かす

    日本社会には、一見ただの挨拶や気遣いに見えながらも、相手の行動や考え…

  6. 在留資格更新後

    エッセイ・感想

    ベトナム人技術者のビザ更新で起きた“想定外”の出来事

    外国人材の採用は、日本企業にとって大きなチャンスでもあり、リ…

おすすめの記事
最近の記事
  1. 新刊のご案内:『子どもと学ぶベトナムのれきし(日本語・ベトナ…
  2. 日本停滞の理由④:会議で決めず、会議を開くために会議
  3. ネットで冷静を保つ技術──怒りを笑いに変えるために書いた本
  4. 博士号を名乗る人の「論理」と「無知」——SNSで見た“知性の…
  5. 日本停滞の理由③:年功序列という名の“足かせ”
  1. 社会

    最近不法滞在者に対する出入国在留管理庁の対応について
  2. エッセイ・感想

    世界を見る目を少し広げれば、日本ももっと見えてくる
  3. ベトナム

    ベトナムがBRICSに加入せず様子を見ている理由
  4. ベトナム

    ベトナム人採用に必要なのは、「制度」よりもまず“覚悟”
  5. 感想

    外国人は増加しているが、日本は「受け入れ」出来ていない!
PAGE TOP