外国人技能実習生の受け入れ現場では、日本人が想像もしないような出来事が起こります。
ときには笑い話に、ときには重く深刻な問題に──。
今回ご紹介するのは、「もう一人の技能実習生が増えた」と冗談めかして語られた、あるベトナム人女性の実話です。
1/登場人物
- リン(ベトナム人技能実習生・20歳)
- 山田社長(受け入れ企業の社長)
- 佐藤さん(組合の日本人担当兼通訳)
2/ストーリー
日本に来て数週間、事前研修センターの生活にも慣れ始めた頃、リンさんの体調は思わしくありませんでした。
「頭が重くて、気持ち悪いです……」と通訳の佐藤さんに相談。最初は風邪や食事の違いによる体調不良と思われ、薬を渡されましたが改善しません。
数日後、病院での診断結果は「妊娠7週目」。リンさんも佐藤さんも言葉を失いました。
組合は受け入れ企業の山田社長に報告。電話口で社長は乾いた笑いを漏らしながらこう言いました。
「もう一人実習生が増えたってことか。……おめでたいけど、赤ちゃんの面倒までは見られないよ?」
本人との面談の結果、リンさんは涙を浮かべながらも「産みたくない」と意思を示しました。中絶費用は健康保険が使えず全額自己負担。困った佐藤さんが社長に相談すると、社長はため息をつきながらもこう決断しました。
「じゃあ仕方ない。会社で立て替えて、給料から分割で返してもらおう。“もう一人の実習生の学費”だな」
こうしてリンさんは手術を受け、無事に配属先で働き始めました。しばらくは「赤ちゃんローン」というあだ名がささやかれましたが、誰も責めず、社長も社員も普通に迎え入れました。
「まずは体を大事にしなさい。荷物より、あなたの方が大事なんだから」
一見ドライな社長のその言葉には、不器用な優しさがにじんでいました。
3/考察(反省と学び)
この出来事は、女性技能実習生を受け入れる際に直面しうる現実を浮き彫りにしています。
妊娠・出産は自然な営みでありながら、制度の中では「想定外」とされがちです。しかし本来は「起こらないはず」ではなく、「いつでも起こりうること」として準備しておくべきです。
今回のケースで注目すべきは、責任を押し付け合うのではなく、現場でどう柔軟に対応したかという点です。社長は「面倒は見られない」と線を引きつつも、費用を立て替えて最終的に支援しました。組合も本人の意志を尊重し、最終判断を委ねました。
妊娠のようなセンシティブな問題に直面したとき、問われるのは「制度の外にある一人の人間としてどう向き合えるか」。今回の出来事はそのことを強く示しています。
👉 この章は拙著 『実話で学ぶ!実話で笑う!ベトナム人技能実習生の世界』 の一部です。
他にも笑いと学びが詰まった“実話”を収録していますので、ぜひ本編でお楽しみください。