ベトナム

通訳を信じすぎた社長の悲劇

──「信じすぎた通訳が、会社を壊した」

海外進出では、現地の言葉や文化を理解する「通訳」の存在が欠かせません。
しかし、その“信頼”が度を越えると、会社そのものを揺るがす結果を招くこともあります。
今回は、ベトナムで実際に起きた「通訳による会社乗っ取り事件」をご紹介します。


1/実際にあったケース(ストーリー)

ある日系企業は、ベトナム事業を本格化させるため、複数のベトナム人通訳を雇用しました。
その中に、特に気が利き、日本語も堪能で、何より「社長の言うことを素直に聞く」通訳が一人いました。

彼は常に笑顔で、社長の考えをよく理解し、逐語通訳というより「社長の分身」のように振る舞いました。
社長は次第に彼を信頼し、やがて日本では「お客様対応の代表通訳」、ベトナムでは「現地支社長」として抜擢。
人事・営業・契約・採用など、ほぼすべての権限を託しました。

──通訳から「実質経営者」への昇格です。

しかし、他の通訳や社員たちは、次第に違和感を抱き始めました。

  • 支社長になった彼が、現地であからさまに威張るようになった
  • 社長に伝える情報が“選別されている”ように感じる
  • 一部の通訳が「危険だ」と感じて退職した

中には勇気を出して、「今のままでは会社が乗っ取られますよ」と忠告する者もいましたが、
社長は首を振りました。

「いや、彼は一番信頼できる。誰よりも私の考えを理解してくれている」
「文句を言う通訳たちは、きっと嫉妬しているだけだ」

──そうしている間に、事件は起きました。

その通訳は、社長の名前で契約や請求を操作できる立場を利用し、
日本の顧客と直接つながりを作り始めたのです。

顧客から見れば、「日本語が通じ、すぐ対応してくれる頼もしい現地責任者」。
彼はその信頼を利用し、少しずつ顧客を自分の別会社へと引き抜いていきました。

数か月後──日本本社には、注文も問い合わせも届かなくなりました。
顧客の大半は、すでに彼の会社に流れていたのです。

結果として、元の日系企業は経営が立ち行かなくなり倒産。
社長は多額の借金を抱え、夜逃げ同然に日本から姿を消しました。


2/背景にある「通訳への過信」と「ガバナンスの欠如」

この事件には、いくつかの盲点がありました。

① 通訳を“信頼しすぎる”構造

社長が現地語を話せず、現地事情も知らない場合、「信頼できる通訳」は命綱です。
しかし依存が過剰になると、通訳が「絶対的な存在」となり、他の声が届かなくなります。

② 経営と通訳の線引きが不明確

通訳は本来「言葉の橋渡し」ですが、気づけば人事・契約・採用なども決める立場に。
ガバナンス(内部統制)のルールを明確にせず、「便利だから任せた」ことが、リスクを生みました。

③ 顧客との直接接点を放置

現地責任者が顧客対応を行うのは自然ですが、
日本側が定期的な接触や信用確認を怠ると、顧客の信頼ごと現地に流れてしまいます。


3/教訓:通訳は“橋”であって“主役”ではない

信頼するのは大切です。
しかし、「過信」は危険。特に言葉と文化の壁がある場合、通訳は経営を左右するほどの力を持ちます。

  • 通訳と経営の役割を明確に分ける
  • 権限や署名ルールを文書化し、透明性を確保する
  • 日本側と顧客が直接つながる仕組みを維持する

つまり、「通訳を信じる」前提であっても、裏切られない制度設計をしておくことが、経営者の責任なのです。


4/まとめ

「彼しかいない」──そう思える通訳に出会うことは幸運です。
しかし、ビジネスは信頼と制度の両輪で走るもの。

信頼だけに頼れば、いずれ転ぶ。
会社を守るためにも、通訳を“万能の神”にしてはいけません。

そして、「言葉が通じなくても、経営は通じる」──
その仕組みを持つことこそ、海外展開を成功させる第一歩なのです。


📘 本記事は、書籍
ベトナムビジネスで失敗した日 本人たち: 文化の違いが招いた10の実話と教訓
より抜粋・再編集した内容です。

外国人に“同胞”の犯罪を止めると要求する行為は責任転嫁に過ぎない前のページ

ベトナム人採用に必要なのは、「制度」よりもまず“覚悟”次のページ

ピックアップ記事

  1. 情報に疎い情報弱者にならないために、私が考えた、誰でも出来る9つの方法

  2. 新刊のご案内:『子どもと学ぶベトナムのれきし(日本語・ベトナム語・英語)』

  3. ベトナムビジネス失敗例|豪華な福利厚生が招いた“ありがた迷惑”

  4. 「お国に帰れ」と叫ぶ社会——対話が失われた日本の現実

  5. 中国人女性が無人島を購入した件について、私が感じた「日本人の愛国心不足」

関連記事

  1. 感想

    コロナ禍の中外国人に対する日本政府の政策について

    新型コロナ拡大の影響で、世の中が変わっています。日本も例外ではありま…

  2. ベトナム

    日本国内のベトナム人求人動向について感じた事

    最近日本国内に於けるベトナム人の求人状況からは変化が現れて来たと感じ…

  3. 感想

    FAXしか使わない会社、説明文を読まない事務員さんのいる会社は又多い!

     世界がAI時代に入っていて、日本は、少し遅いですが、デジタル化やペ…

  4. 技能実習生

    ベトナム

    外国人技能実習生が日本語を勉強しない理由について

    私は以前、技能実習生を監理する通訳をしていた外国人です。私自身が日本…

  5. 日本軍

    ベトナム

    日本とベトナム 1940–1945年の歴史:それは「解放」ではない

    第二次世界大戦が拡大し、アジア太平洋地域全体が戦火に巻き込ま…

  6. ベトナム

    ベトナムがBRICSに加入せず様子を見ている理由

    ベトナムはBRICSへの加入を決定せず、慎重な姿勢を維持しています。…

おすすめの記事
  1. 資本金3000万円
  2. 日本社会の呪文ワード辞典
  3. ゲインシオンズとは
最近の記事
  1. 外国人企業に資本金3000万円──そのフィルターは本当に機能…
  2. 新刊のお知らせ: 『日本社会の呪文ワード辞典(構造編)』を出…
  3. ゲインシオンズとは
  4. 新刊刊行のお知らせ: 家族関係をゲインシオンズの視点から読み…
  5. 【日越比較】元旦を過ぎた静かな住宅街で思うこと
  1. ベトナム

    「引っ越しを手伝ったのに、お礼がない!」──感謝の伝え方、こんなに違う?
  2. 日本兵

    文化・歴史

    「日本がなかったら、ベトナムは今も米国の植民地」論を検証する
  3. 感想

    Facebookさんにホームページがブロックされ、1週間で解除してもらいました
  4. 日本

    『ベトナム人は“犯罪者”なのか?──その偏見と現実』
  5. 社会

    ベトナム人実習生の給料が「低い」と言えない理由
PAGE TOP