外国人材の採用は、日本企業にとって大きなチャンスでもあり、リスクを伴う決断でもあります。
「やる気がある」「条件も大丈夫」と言われれば、信じたくなるのが人情ですが、その裏側に文化や考え方の違いが潜んでいることも少なくありません。
今回は、ある日本の中小企業が直面した“ビザ更新”をめぐる出来事をご紹介します。
実際にあったケース(ストーリー)
ある日本の中小企業の社長が、外国人技術者の採用を検討していたとき、ちょうど在留期限が迫っていた3人のベトナム人技術者が面接にやってきました。
彼らは「何でもやります!」「条件も問題ありません!」と非常に前向きな姿勢を見せ、社長は「こんなにもやる気のある若者がいるのか!」と感激。すぐに採用を決めました。
ただし、採用にはビザの更新(在留期間の延長)手続きが必要です。通常、その費用は本人負担ですが、社長は「彼らのためになるなら」と自腹で全額を負担しました。周囲からは「もし更新後に辞められたらどうするの?」と心配されましたが、社長はこう言い切ったのです。
「人を疑っていたら、何も始まらない」
そしてビザ申請が無事通り、結果が出た日に社長は彼らを車で入管まで連れていき、その夜は「これから一緒に頑張ろう!」と焼肉をご馳走しました。彼らも笑顔で「明日、会社で手続きをしましょう!」と約束してくれました。
──ところが、翌朝になっても誰も現れません。連絡もつかず、社長が慌てて社宅を訪れると、部屋はすでに空っぽ。
ビザだけ更新して、どこかに「消えてしまった」のです。
背景にある文化的ズレ:「信頼」と「義務」
このケースの背景には、「信頼」に対する考え方の違いがあります。
- 日本人:信頼とは“期待と責任の両方”を意味し、信頼された側はそれに応える義務があると感じる。
- 一部のベトナム人労働者:信頼されること自体は好意的に受け取るが、それが「義務」や「長期的な契約」に結びつくとは限らない。
さらに、在留資格の延長が済めば就職活動の選択肢が広がると考える人もおり、「この会社で働きたい」ではなく「まずはビザを更新すること」が目的化してしまう場合もあるのです。
教訓:ビザは“契約”の代わりにならない
このようなトラブルを防ぐためには:
- 在留資格の更新費用は、原則として本人負担にする。
- 就労契約書を更新前に締結し、法的・金銭的リスクを明確に説明する。
- 「やる気」だけで判断せず、経歴や目的を丁寧に確認する。
- 採用前に、信頼できる紹介機関や通訳者を挟むのも有効。
まとめ
「信じたい」気持ちは美しい。だが、経営においては感情よりも仕組みとリスク管理が重要です。
人の善意を信じることと、仕組みを作ってリスクに備えることは、両立できます。
──そして、「逃げられてからでは遅い」のです。
📖 本記事は、書籍 『ベトナムビジネスで失敗した日 本人たち: 文化の違いが招いた10の実話と教訓』 より抜粋・再編集した内容です。