ベトナムから来て1年半になるリンさん、タムさん、ハさん。最初は日本語も分からず毎日がサバイバルだったけれど、親切な会社と社長のおかげで、だんだんと生活に慣れてきた。
とりわけ田中社長は、仕事を丁寧に教えてくれるだけじゃなく、時には彼女たちのアパートでベトナム料理を一緒に食べたりするほど。もう「日本のお父さん」といってもいいくらいの存在だった。
そこで三人は相談した。「社長に恩返しをしよう!」。でも何をすればいいのか悩む。ケーキ?いや、好みが分からない。プレゼント?予算が心細い。
そんな時にハさんがひらめいた。「今度の日曜、社長の誕生日でしょ? じゃあ、ベトナム料理を作って家に持って行こう!」。
リンさんとタムさんも「それいい!」と大賛成。こうして“サプライズ計画”が始まった。
当日。リンさんは生春巻き、タムさんは手作りケーキ、ハさんはフォーを用意。大きな箱に詰め、自転車で社長の家へ。もちろん事前連絡なし。サプライズは突然こそ輝くのだ!
――ピンポン、ピンポン。
ドアを開けた奥さんの静子さん、固まる。目の前には笑顔で段ボールを抱えた三人。
「こんにちは!社長の誕生日に料理を持ってきました!」
「サプライズです!」
……サプライズすぎた。
なぜなら、日本では“自宅”は超プライベート空間。しかも、その日リビングは昨日の飲み会の残骸でカオス状態。突然のお祝い訪問に、静子さんの頭の中は「どうしよう」でいっぱい。
「でもせっかくだから…少しだけなら…」と観念して招き入れると、三人は嬉しそうに料理を並べ始めた。
ちょうどその時、寝坊して11時に起き、まだだらけモードの田中社長がリビングに登場。
「おや?何ごとだ?」
「社長、お誕生日おめでとうございます!」
驚きと同時に心が温まり、笑顔が広がった。
静子さんは内心「ああ、せめて昨日掃除しておけば…」と苦笑い。
こうして社長夫婦と実習生3人の、ちょっとドタバタだけど心温まる誕生日パーティーが始まった。
考察(反省と学び)
この話は、日本とベトナムの「おもてなし」の感覚の違いを象徴している。
- 日本では、他人を家に招くのは慎重で、事前の準備が常識。突然来られると「困惑>喜び」になりがち。
- ベトナムでは、家はもっとオープン。突然の訪問も「心がこもっていれば大歓迎」という文化。
今回の三人の行動は、まさに感謝をストレートに表現したものだった。最初は戸惑った静子さんも、最終的にはその誠意に心を動かされた。
つまり、サプライズは文化差で“迷惑”にも“感動”にも転ぶ両刃の剣。大事なのは、相手の文化を理解しつつ、気持ちを伝える工夫をすることだろう。
※本記事は、書籍『理解して笑うベトナム人技能実習生の世界』より抜粋・再構成したものです。